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提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。

 秋田市中通の再開発地区に建設された建築家、安藤忠雄氏設計よる新秋田県立美術館について、収蔵作品を持たない、企画展に特化した美術館にすべきであることを提言する。
 21世紀に入り、美術館は地域に積極的に関わり、人が集う文化創造の場であることが求められていると言う。
 新秋田県立美術館については、「秋田の行事」を始めとした藤田嗣治作品、平野政吉コレクションを現秋田県立美術館(平野政吉美術館)から移設することを前提に考えられており、「公益財団法人平野政吉美術財団所蔵の藤田嗣治作品による文化の創造」を基本方針としているが、地域社会との関わり、芸術に親しみ交流できる場の提供などの基本理念、方針を実現するために、公益財団法人平野政吉美術財団所蔵の藤田嗣治作品でなければならない理由は、何も見当たらない。
 また、公益財団法人平野政吉美術財団所蔵の藤田嗣治作品の展示に最も相応しい美術館は、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の収蔵作品の寄贈者で、美術館の創設者である平野政吉が、生前、藤田嗣治と話し合い、建物の外観、採光の形式、壁画「秋田の行事」の展示方法に、藤田嗣治の意向が採り入れられている現秋田県立美術館(平野政吉美術館)である。必要に応じ、改修などを加え、藤田嗣治と平野政吉の数々のエピソードとともに後世に伝えて行くべきである。
 一方、近年、独自の収蔵作品を持たずに、特定のジャンルに縛られない幅広い内容の企画展や多彩なイベントなどを行うことが出来る新しいタイプの美術館が建設されている。
 東京都港区六本木の国立新美術館(2007年1月21日開館)、静岡市の静岡市美術館(2010年5月1日開館)などである。
 国立新美術館は、国内最大級の展示スペースを生かした多彩な展覧会の開催や美術資料、情報の収集・公開、教育普及など、アートセンターとしての役割を果たしている。
 静岡市美術館は、静岡市の芸術文化の拠点施設として、「人・地域が躍動する芸術文化の創造・発信」を基本理念に、幅広いジャンルの企画展、コンサート、上映会など多彩な催しを実施している。
 そのほか、東京都美術館、東京都庭園美術館、水戸芸術館なども独自の収蔵作品を持たずに企画展を中心とした事業などで運営されている。
 新秋田県立美術館の展示スペースは全て、絵画、写真、彫刻、映像、アニメーションなどの企画展示会や多種多様なイベントに利用し、地域社会との交流を計るべきである。
 また、新秋田県立美術館の基本理念、方針は、「公益財団法人平野政吉美術財団所蔵の藤田嗣治作品による文化の創造」ではなく、「秋田の歴史、風土、伝統的な文化、産業を踏まえて、地域との交流、国内外との交流を目指す、文化の創造、発信」とすべきである。






藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 秋田県は、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を6月末日までで閉館にし、大壁画「秋田の行事」などの藤田嗣治作品を、昨年完成の新秋田県立美術館に移すとしています。
 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を閉館することは、藤田嗣治と平野政吉の交友の歴史を閉じることと同じです。
 また、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、藤田嗣治の数々の助言を採り入れ完成しています。
 藤田嗣治と平野政吉の交友の歴史、二人が残した文化を、後世の美術を愛好する人々、美術を志す若者、藤田嗣治ファンに伝えるためにも、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を閉館すべきではありません。
 心ある皆様、秋田県に、「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転を止め、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を閉館しないよう、訴えてください。
(2013年5月15日)



 秋田県立美術館・平野政吉美術館が閉館になれば、レオナール・フジタ(藤田嗣治)が教示した「秋田の行事」の最も良い展示の姿が見られなくなってしまうことになります。

 これは、美術愛好家、藤田嗣治ファン、美術を学ぶ若者たち、秋田県、秋田県民にとっても大きな損失です。

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような広い空間で観ることを提案し、美術館の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えるべきです。
(2013年5月15日)



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